今日の法話2026/01/01
「今、このいのちを生かされている」
皆さま、明けましておめでとうございます。
新しい年を迎え、またこうして年の始まりのご縁をともにいただけましたこと、まことにありがたく思います。
私たちは日々の暮らしの中で、「そのうちに」「また今度にしよう」と言いながら、さまざまなことを後回しにしてしまいがちです。時間はいくらでもあるように思っていても、気がつけば一日が終わり、そして一年も、あっという間に過ぎていきます。
漫画家の藤子・F・不二雄さんは、
「締め切りがあるから描ける。なければ、いつまでも描けない」
と語っておられます。人は、時間がたくさんあると思うほど、つい先延ばしにしてしまうものです。しかし、期限や区切りがあるからこそ、「今やろう」という心が起こり、体も心も動きはじめるのではないでしょうか。
一年が始まれば、やがて年の終わりがやってきます。そしてまた、新しい年が始まります。私たちのいのちも同じように、限りある時間の中を生きています。仏教では、このようにすべてのものが移り変わっていくことを「無常」と教えられます。
親鸞聖人は、過ぎたことをいつまでも悔やんだり、これから先のことを心配しすぎたりするのではなく、「今、このいのちを生かされている」という事実に目を向けて生きることが大切であると教えてくださいました。今この瞬間を大事に歩むことこそが、阿弥陀さまの願いに照らされた生き方なのです。
阿弥陀さまの本願は、私たちが願う前から、すでに私に届けられています。その本願のはたらきによって、私たちは日々の生活の中で支えられ、生かされているのです。「念仏申す身は、すでに仏さまのご恩をいただいている身である」と教えられます。阿弥陀さまに生かされている身であることを知らされると、自然と「南無阿弥陀仏」と念仏の声が出てまいります。それは、ありがたいという思いが、そのまま声となってあらわれたものなのです。
藤子さんの言葉にある「締め切り」は、限りあるいのちを生かされている私たちに、「今を大切に生きること」を教えてくれているように思います。いのちの始まりのご縁をよろこび、今できることを一つひとつ丁寧に勤めていく。その歩みの中に、阿弥陀さまの光は、いつも私たちに届いています。
どうかこの一年が、皆さまにとって、安心とよろこびに満ちた年となりますよう、心より願っております。
私たち一人ひとりの歩みの中に、阿弥陀さまのはたらきが常にともにあることを忘れずに、小さなことにも感謝しながら日々を重ねてまいりましょう。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 合掌